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GKはどこまでシュートに反応しているのか?プレジャンプの様式から考察する

前回の記事ではプレジャンプの着地には左右差が存在することを述べ、それが移動の効率化に関与しているが、実際にシュートに反応して左右差を作ることができるのか、というところで終わりました。


さて、今回はそのプレジャンプの着地について、より詳しくみていきましょう。


◎神経生理学的な視点


次に神経生理学的な視点で考えてみたいと思います。先ほど紹介したUzuらの研究のグラフをもう一度見てみたいと思います(図12)。

(図12:Uzuらの研究結果をもとに筆者作成)


 この研究によると視覚刺激が与えられてから180ms後に着地すると最もリスクも少なく早く到達できると述べられていました。先述のようにプレジャンプ後の着地は両脚ではなく片脚での着地でした。つまり、視覚刺激が与えられてから180ms以内に視覚刺激を知覚し、どちらの方向に進むのかという情報処理をし、進行方向とは反対側の脚から着地させるという運動の指令が脳から神経を介して筋に伝わり実行されるという処理が行われるわけです。


 ただ、この結果は少し違和感を感じます。というのも、一般的に視覚および聴覚に対する単純反応時間は180ms~300msと言われています。文献により様々ですが、約200msというのが多いです。刺激に反応してジャンプする全身反応時間も文献により様々なんですが、基本的には単純反応時間よりも長くなり、300ms以上となっている場合が多い印象です。


 GKのジャンプ中におけるどっち脚から着地するかという課題は選択反応時間と全身反応時間になりそうですが、こちらも単純反応時間よりかは遅くなる傾向が示されています。


 ちなみに、陸上のフライングにおけるルールは「音が鳴ってから0.1秒より早く圧力がスターティングブロックにかけられた場合」となっています。これは医学的根拠に基づいた人間の限界とされていますが、これに反する出来事も起こっているので実際どうなのかはよくわかりません。また、この医学的根拠とやらの文献は力不足で見つけられていません。ただ、一般的には視覚刺激よりも聴覚刺激に反応する方が早いと言われています。


 本題はここからなんですが、Uzuらの研究では刺激後180msでの着地が最も効率が良いと記載されていました。ですが、先述した通り単純反応時間でも平均約200msであるので、本当に反応できているのか疑問です。ただ、確かにこの研究では180msがリスクも低くかつ早く移動できると述べられています。なぜでしょう…。


 さらに、個人的に気になるのは以下の〇で囲んだ部分の人たちです(図13)。

(図13:Uzuらの研究を基に筆者作成)


 なんと、この赤丸部分の人たちは100ms未満であるにも関わらずに良い結果を出しているのです。これらの人は100ms未満の速さで刺激に反応し、接地する脚を決め、実際に動かすという複雑な課題を行ったのでしょうか?


 個人的な意見ですが、それは違うと思います。それでは何か。同じく私見ですが、予想していたのではないかと思います。人間は純粋に反応するのであれば確かに180ms程度かかってしまうと思うのですが、予想と同じ方向であれば100ms未満であっても素早い移動は出来ると考えます。


 これについてもう少し深めたいと思います。


 サッカーのシュートが打たれてからゴールラインを通過するまでにかかる時間が約0.8秒であったとのことですが、GKのセービングの運動様式の複雑性と移動距離を考えると反応にかけられる時間は非常に短いです。となると、全てのシュートに対してボールが出てから反応して動き出す、というのは難しいと考えます。ではどうするかと言えば、予想だと考えます。


 このことを考えるために、また少し別の話をします。NTTが行っている研究です。


 NTTの研究ではバーチャルリアリティ(VR)にてテニスのサーブをリターンするシーンを再現するソフトを開発し使用しています。このソフトを用いて初心者、中級者、上級者それぞれに対してフラット(速い)とスピン(遅い)のボールを打ち返すという課題が与えられます。フラットとスピンを打つアバターの動作は実際の動作を基に作成されているため、それぞれで少し異なる動作が観察できます。

 アバターから打たれるサーブは4種類で、フラットの動作でフラットのサーブ、フラットの動作でスピンのサーブ、スピンの動作でスピンのサーブ、スピンの動作でフラットのボールが打たれました。動作と実際のサーブが一致しているのをマッチ群、一致していないものをミスマッチ群としました。


 本研究の結果、上級者ではミスマッチ群とマッチ群で動作に違いが見られたのに対して、中級者でも多少の違いが見られ、初心者ではほとんど違いが見られませんでした。

(https://www.ipsj.or.jp/dp/contents/publication/44/S1104-S03.html より引用)


 さらに、追加の試験でサーブの映像を見て方向が分かった時点でなるべく早くボタンを押して方向を回答するという課題も行われました。

 その結果、上級者と中級者ではマッチ群とミスマッチ群で大きく反応時間に差が見られる一方で、初心者は各群で反応時間の違いは見られなかったと報告されています。


少し結果をまとめます。


◎ 初心者ではマッチ群でもミスマッチ群でも反応時間と動作に違いが見られませんでした。

◎ 中級者ではミスマッチの場合に反応時間に遅れがあるものの、動作に違いはありませんでした。

◎ 上級者ではミスマッチ群の場合に動作でも反応時間でも違いが見られました。


 これに対して著者は初心者では単にボールに反応し、中級者ではサーブの動きから球種は予想するが運動調節は行わず、上級者では動きから球種の予測に加えて運動の調節も行っていると考察していました。


 NTTではテニス以外にも野球やソフトボールなどでVRを用いた取り組みをしており、非常に面白いなと思っています。


 さてGKの話に戻りましょう。

GKが試合においてセービングをする際は様々な環境があります。シュートを打つ人の角度、勢い、身体の向き、ボールの置き所、さらには味方DFの位置など多岐にわたります。こういった状況を今までの経験と照合して飛んでくる方向を予想しているのは当然の話かと思います。


 ただ、もう少し突っ込んだ解釈として、GKはシュートを打たれる前にコースを予想しているだけでなく、その後の運動調整まで行っている可能性も考えられないでしょうか?運動調整まで行っていると仮定した場合、プレジャンプは非常に合理的な動作になります。というもの、先述したようにSSCの利用などの観点から目的物への移動がより効率的になります。


 GKを始めたばかりの小学生やフィールドプレーヤーの選手がGKをした場合、またテニスやバドミントンでも、初心者だとプレジャンプは見られないケースが多いです。これはプレジャンプのスキルを獲得していないというのもあると思いますが、「コースを予想して運動調整を行うことができない」というのもその要因として考えられるのではないでしょうか?


 もちろん、GKの予想通りにシュートを打ってくれるほど甘いスポーツではありませんので、予想が難しい場合は移動のための運動調節はあまり行われず、より反応するための準備をするという要素が強くなるはずです。また、予想していた方向とは異なった場合、作られた運動調節をキャンセルして動き出さなければいけませんから、必然的に目標物への到達時間は遅くなります。


 さて、この話を少しまとめます。

 Uzuらの研究で見られた180msより早く着地した人達ですが、予想が指示された方向と一致したことで、より早く到達できたのではないかと考えることができます。


 そして、NTTの実験も考慮すると、GKはシュートが打たれる直前にはシュートコースを予想し、運動調節が行われている可能性があり、その予想を最大限生かすためにプレジャンプが行われているとも考えられます。

 そして、シュートが放たれる前に運動調整が行われるとしたら、着地の段階で既に移動方向と反対側の脚から着地するというのも理解できます。


それでは、事前の運動調節をよりハッキリとするために、PKの際の映像を見てみましょう。

 前提として、ある程度以上のレベルであればPKの際にボールに反応して飛ぶ方向を決めるという選手はいないと思います。多くのGKはシュートが実際に打たれる前までには何かしらの理由をつけて、跳ぶ方向を決めていると思います。跳ぶ方向が決まっていれば、キッカーのタイミングに合わせて事前に運動調節をより強く行うことができます。


 そのため、PKの際にGKがどういったセービングの様式をとっているのかを観察することで、少し見えてくるものがありそうです。


 観察してみた結果ですが、大きなプレジャンプを行ってタイミングを計っているGKは少なかったです。一方、多くのGKは跳ぶ方向と反対側の脚で地面を押し、近いほうの脚でその飛距離を伸ばす動きが多く観察できました。


 反対側の脚を押し出す際は、構えの姿勢からそのまま押し出す選手もいれば、軽いプレジャンプや抜重の形で反対側の脚を遠くに置くような形で蹴り出す選手もいました。踏み出しの様式はこれまで述べてきた内容と同じですね。


 PKではあまり早くに大きなモーションで動いてしまうと、キッカー側に合わせられてしまうので、非常に不利になります。そのため、細かい動作でキッカーに対してタイミングを取りつつ、ギリギリまでは踏み出さない戦略をとっていたと考えられます。


 それでは、今回の発見を基に試合中の動作で考えられることは一体何でしょうか。


 まず、一般的なシュートではキッカーの自由度が大幅に減ります。ディフェンスがいますし、ボールも動き、シュートに影響する要素が多くなるためです。そうなるとGKにとって良いことがあります。それは、シュートの予測がしやすくなることです。実際に相手の状況や味方の状況を加味して、これまでの経験と照らし合わせた結果、シュートコースの予想が立てやすくなります。


 また、キッカー側がGKの細かな動きを観察しながらシュートを打つことが難しいため、GK側の動作はある程度自由度が上がります。このGK側の動作の自由度は非常に重要です。


一旦整理します。


PKの場合:なるべく小さな動きで待ち、小さなプレジャンプの着地で反対側の脚から地面を押す。シュートコースの予測は難しい。事前の運動調整は強く行える。

試合中の場合:周りの状況に合わせながら待ち、通常のプレジャンプ着地で反対側の脚から地面を押す。シュートコースの予測は比較的容易。事前の運動調節は多少実施?


 PKも非常に短い時間で遠くに飛ぶ必要性があります。大きなモーションが許されないPKでさえも、(人によって)小さなプレジャンプ後に遠い足で踏み込んで近い足で跳躍を行う動作が観察できます。そして、行きたい方向が(実際のボールの進行方向に関係なく)決まっている場合(PK)では、軽いプレジャンプ後の着地の際に遠い足から着地する動きが見られました。


 先述の通り、シュートに反応して着地足を選択するというのが生理学的に難しいと仮定した場合、試合中のシュートにおいてもプレジャンプ後に遠い足から着地する理由として、シュートが打たれるよりも前に運動調節が行われた結果であると考えることができます。


 確かに、GKのセービング動作を学習していくにつれて、180msよりも速くリアクションをするようになることは不可能では無いのかもしれません。実際に陸上でも0.1秒の見直し問題は議論されていますから。


 ですが、現状そのような報告は見られませんし、単純反応時間ではなく全身の選択反応時間がそこまで短縮されるかどうかは正直微妙だなと思っております。


 ここまでで、GKは事前にある程度の運動調節を行っている可能性が出てきました。着地の左右差はバイオメカニクス的に考えて合理的である一方、それは実際にどこまでコントロールできるのかについて、一緒に考えてまいりました。


それでは、今までのことを踏まえたうえで、良い構えって何でしょうか?

また、GKの自由度が高いということは、GKが単にシュートに反応する以上の事ができると思いませんか?


今回はここまでにしたいと思います。

参考文献

1)平嶋裕輔、浅井武、深山知生、中山雅雄 (2018)、サッカーにおけるゴールキーパーのシュートストップ失敗確率を予測する回帰式の検証、体育学研究2018 年 63 巻 1 号 p. 315-325

2)Uzu, R., Shinya, M., and Oda, S. (2009) A split-step shortens the time to perform a choice reaction step-and-reach movement in a simulated tennis task. Journal of Sports Sciences, 27(12), 1233-1240.

3)Thomas Dos'Santos, Christopher Thomas, Paul Comfort, Paul A Jones (2018), The Role of the Penultimate Foot Contact During Change of Direction: Implications on Performance and Risk of Injury, May 2018, Strength and Conditioning Journal 41(1):1, DOI:10.1519/SSC.0000000000000395

4)Robert J. Kosinski, A Literature Review on Reaction Time. Clemson University, Last updated: September 2013, https://www.fon.hum.uva.nl/rob/Courses/InformationInSpeech/CDROM/Literature/LOTwinterschool2006/biae.clemson.edu/bpc/bp/Lab/110/reaction.htm

5)木村聡貴、バーチャルリアリティでスポーツ脳を理解し鍛える、会誌「情報処理」Vol.61 No.11 (Nov. 2020)「デジタルプラクティスコーナー」

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